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さらば、大阪市交通局 30系!

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     Voigtlander BESSA-R3M + color-skopar PⅡ 35/2.5 + Kentmere 100


大阪市営地下鉄30系が10月をもって引退しました。

1970年に大阪・千里丘陵での開催が決まった万国博覧会を期に、
当時新大阪までだった地下鉄1号線(現・御堂筋線)を江坂まで延伸、江坂から万博会場までを
大阪府や阪急電鉄などが出資した第3セクター鉄道線(北大阪急行電鉄)を敷設して
地下鉄1号線と直通運転する計画が持ち上がり、路線の延伸と観客の大量輸送のために
設計・製造されたのがこの30系でした。

徹底されたコスト削減が図られ、無骨なスタイルから★弁当箱★と揶揄されたこともありましたが、
それでも北大阪急行の車両とともに、万博ではメインアクセス機関として観客輸送に大活躍。

その後もサラリーマンの足として高度経済成長時代を大阪の地下から支え、1984年までに計363両が製造、
規格が違う3路線以外のすべての第3軌条路線に配置され、新20系が登場するまで大阪市地下鉄で最大勢力を誇っていました。

僕も子供の頃、御堂筋線といえばこの電車!でしたから、本当に馴染みがある思い出深い車両です。。


そんな30系も世代交代の波には勝てず、大動脈である御堂筋線から1993年に完全撤退、他の線区からも撤退し順次廃車・解体。
最終的には冷房改造に耐えうる車齢が若いグループ78両を谷町線に集約。
ここを最後の砦として活躍していましたが、谷町線にも省エネの新型車両が配備させるや、
順次数を減らし最終6両編成2本を残して廃車。

最後の12両も、10月4日をもって営業運転から撤退。
10月6日(日)に大日検車場でさよならイベントが行われ、森ノ宮駅までさよなら運転が行われました。


写真は、このさよなら運転の後、最後のファンサービスとして中央線の森ノ宮駅~大阪港駅までの1往復を
お別れ回送運転された時のものです。
(中央線・朝潮橋駅にて)


最後の回送運転に中央線に白羽の矢が立ったのは、沿道からも見ることが出来る地上区間があるのと、
同じ地上区間がある御堂筋線では利用客が多くて混雑や事故の危険性があったため…とは僕の勝手な推測ですが、
いかがなものでしょうか。


さよならイベントに参加できなかったたくさんのファンが詰めかける中、交通局の職員がファンの群衆に向かって
「みなさん、ご苦労さまです。気をつけて撮影してくださいね。」 と声をかけると、ファンの人たちが

『ありがとうございます!』 と答えるという清々しい光景も見られ、
僕もその一員として迷惑にならないようにと気持ちを引き締めて撮影に臨みました。


レンジファインダー機を持参してたので、決して鉄道写真らしいカッコイイ写真ではありませんが、
ファンの姿も映っていてそれなりに思い出に残るものだと納得しています。


今年は奇しくも大阪市交通局創業110周年にあたり、大阪地下鉄の一時代を築いた記念すべき車両の引退を
この年まで延ばした大阪市の計らいがあったかどうかは定かではありませんが、
ひとつの時代がまた、幕を下ろしました。


さよなら、30系!!
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by tatsuya-zz | 2013-11-25 22:53 | デジタル写真 | Trackback | Comments(0)

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